雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

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パズラー 謎と論理のエンタテイメント

パズラー 謎と論理のエンタテイメント

パズラー 謎と論理のエンタテイメント

 六編のノンシリーズ短編からなる短編集。解説で貫井徳郎も言っているが、本書に収録されている短編は、いずれも真っ当なパズラーではない。パズラーという言葉も、本格ミステリ同じく、人それぞれに解釈が為されているだろうが、自分が持っているパズラーという概念と、西澤保彦が持っているパズラーという概念は一致しないように感じられた。自分にとってパズラーとは、いわゆる「読者への挑戦状」をつけることができるミステリだ。探偵が事件を解決させてしまう前に、犯人を推理するに充分な証拠が提示され、論理的に思考することさえできれば誰でも犯人を推理できると言うのがパズラーの基本だ。勿論、基本を抑えているからと言ってパズラーになるのではなく、いかに一見無関係と思われる証拠を論理で繋ぎ、いかに探偵が卓越した思考力を見せるか、などがポイントになるだろう。しかし本書に収録されている作品の何点かは、証拠集めをせず、想像と妄想だけで犯人を類推している。物語の中では、結果として真犯人へと至っていることになっているのだが、それが真相であるとは限らない。犯人当てに用いている証拠を得ず、推理を机上で展開しているとは言え、探偵役による解説は微に入り細を穿っており、緻密だ。会話や自問自答の中で、少しずつ推理が進み、犯人が特定されてゆく様は読んでいて心地よいと言えるだろう。
 後書きで筆者本人が言っていることだが、ミステリにおいて世界観や登場人物を共有しない、ノンシリーズ短編は少ない。大抵はひとりの探偵が事件を幾つも解くという形式を取っている。そうすれば探偵役を何人も作り出す必要がないし、たとえ事件そのものが面白くなくても(つまり作品がミステリしていなくとも)キャラクタや世界観が良ければ、それで済まされてしまうのだ。それをミステリが抱えてしまった欠点として、六編の世界観も登場人物の年齢もまるで異なる短編小説を用意した西澤保彦には、ただ素直に感心した。
「蓮華の花」伏線を上手く使いこなした珠玉の短編であると思う。やがて枯れることが運命付けられている花を、題材として使っているのも興味深い。きれいに描かれていると感じた。
「卵の割れた後で」海外作品のような趣きを持っている。短いのにどんでん返しがあるし、日本風刺的な面もあって程よくいいと思う。
「時計じかけの小鳥」個人的ベスト。まず、語り口が軽妙。女子高生が主人公で、その内情が垂れ流すように吐露されているのだが、妙に生々しく、妙に面白い。取り扱っているのも重大な事件ではなく、日常の謎で……と見せかけて、という裏がある。結末である人物の悪意が明かされるのだが、これがまた悪くない。
「贋作「退職刑事」」都築道夫『退職刑事』のパスティーシュ。『退職刑事』を読んでいないので、登場人物や彼らの関係はあまり分からないが、それなりに楽しめた。
「チープ・トリック」これは却下、気持ち悪い。汚い言葉を乱用しており、海外作者が書いたと言われても信じてしまいそうで、映像化に適している作品なのだが、その汚さが嫌い。トリックやストーリィよりも、その生々しさという生臭さが忘れられない。よくよく考えてみれば、本書に収録されている作品の大半が愛憎や怨恨を取り扱っており、かなり気持ちの悪いものが揃っている。装丁が白を基調としており、荘厳で華やかな雰囲気なのに、中身がどす黒い。こはいかに。
「アリバイ・ジ・アンビバレンス」これも面白い。「時計じかけの小鳥」とどちらを上にするか迷ったが、こちらの方が黒いので「時計じかけ」の方に軍配を挙げることに。主人公は男子高校生で、ある日「殺したのは私だ」と自白している同級生が、犯人が殺されたとき別の場所にいるのを目撃してしまう。アリバイがあるのに自白している、この不可解な謎を解き明かすため、クラスの委員長が立ち上がる。この委員長の性格がまた傑作で、言わば『Fate stay/night』の遠坂凛。学校では典型的な委員長なのに、主人公の自宅を訪れた瞬間に傲慢な感じの女の子に変貌してしまうのだ。真相も黒いが良かった。これ以上はないというぐらい切迫した動機で、確かにここまで進退極まってしまったならば殺さざるをえないだろうと感じた。