雲上四季〜謎ときどきボドゲ〜

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

夏目陽さんへ、第3信

 前略。
 返信がこんなにも遅れてしまって申し訳ない限りです。大変長らくお待たせしてしまったので、早速、始めたいと思います。

文学は文字で表現するものなのか?

極論を挙げれば、文字で書かれたものだけが文学である、そういうことだと思います。

http://d.hatena.ne.jp/natume_yo/20080807/1218035447

ですが、ここでは文学と言う言葉の概念が文字というものに縛られなければいけないのだろうかなという意味合いで狭いと言う言語選択をおこないました。

http://d.hatena.ne.jp/natume_yo/20080807/1218035447

私には、別のアプローチによって、文学の領域を文字で書かれたもの以外に拡大することが可能なのではないかという予感がします(あくまで予感です)。

http://d.hatena.ne.jp/natume_yo/20080807/1218035447

 長い間、夏目さんの考えている文学がどういったものか、そしてどういう方向へ論旨を持って行きたいのか捉えかねていましたが、お返事を読ませていただいて、ようやく理解できたように思います。
 単刀直入にお伺いします。夏目さんの主張を簡潔にまとめると「今まで文学は文字によって表現されるものであった。しかし、これからは言語によって表現されるべきだ」というものでしょうか。

文字と言葉と言語と文学

 ところで、お返事を読ませていただき、秋山が最初に思ったのは「フェアでないな」ということです。あまり意味を見いだせませんが、今後の行き違いをなくしたいので、指摘させていただきます。
 第2信において夏目さんは、以下のように記述されていました。

 では、それでもなぜ私たちは文字で表現することを望むのか? 前回は小説としましたが、もう少し範囲を広げましょう。文字で表現することの利点とは一体なんなのか? ここからスタートするほうが、適切ではないかと秋山さんの返信とお互いの第一信の反応を見て思いました。

http://d.hatena.ne.jp/natume_yo/20080710/1215694948

 この言説から、夏目さんのなかに文学は文字で表現できるという意識があるように見て取れました。
 これに対し、秋山は第2信において、そもそも文学は文字で表現できないとお返ししました。

 そして前述の通り、文字単体で「文学」を表現するのは不可能……とまでは行きませんが、かなり難度が高いと感じています。では、複数の文字からなる語句や文節では、いかがでしょうか。これも文字と同様に不可能ではないでしょうが、やはり基本的には無理であるように思います。その理由は、文節程度では「文学」を媒介させるのに充分なリソースを持っていないからです。

http://d.hatena.ne.jp/sinden/20080712/1215873089

 そして、以下が第3信における夏目さんのお返事です。

 この複数性こそ、私が言葉に文学性*2を感じざる得ない一つです。確かに秋山さんのおこなった、ただ「海」、「な」、「後」では文学性を感じることは難しいのではないかと思われます。


 ですが、一旦、それを文章レベルまで引き上げることによって、その言葉に宿る文学性を感じられるのではないかと思います。つまり、言葉を文章にし、そこで今一度、言葉に目を向けてみるということです。

http://d.hatena.ne.jp/natume_yo/20080807/1218035447

 ここに見られる主張は、文学は言葉で表現できるというものです。
 秋山はこの主張に反対しません。何故なら、文学は文字では表現できませんが、言葉を含む言語では表現できると考えているからです。文字、言葉、言語……これらのキーワードを、夏目さんは使い分けることなく、あまりに無作為に使っているように感じます。文字の話をしていたはずが、いきなり言葉の話に挿げ替えらるのは、こちらとしてはあまり嬉しいことではありません。どうぞ、よろしくお願いします。

言語による文学

 話を戻します。
 秋山は、文学は文字によってではなく、言語によりて媒介され、小説とはある特定の言語により執筆されていると考えています。
 そして朗読には言葉という言語が含まれ、絵には記号という言語が含まれています。美術や音楽も見方を変えれば言語を用いていますし、激しい意見を言えば、本来、美術という枠組みに入れづらいプロレスだって、肉体言語を用いた文学であると主張することは可能です。さらに、言語から生じたものでない文学もまた可能です。偶然や無意識から生じたものを言語に逆輸入した作品も、数多くありますね。

私の文学

 長くなってきたので、最後に秋山の文学観を述べて終わることにします。ただ、断っておきますが、秋山の文学観はけして特殊ではありません。極めて常識的かつ一般的な、論理的に突き詰めていけば、そういう結論にならざるをえない文学観です。
 秋山の考える文学。それは想像です。人間の頭の中で生まれた想像、もしくはイメージ。これを言語に変換して、自分自身以外の人間に伝達するのです。文学とは、突き詰めてしまうと、それだけのことです。
 今回はやや駆け足でしたが、まあ、スピード重視ということでひとつよろしくお願いします。