雲上四季

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

推理小説というジャンル名がもたらす誤解

 上記エントリから派生した一連のエントリや記述を見ていて、気づいたことがあります。
 推理小説という名称ゆえでしょうか、多くのひとが推理小説は「推理する小説」でなくてはならないと考えているような気がしました。「推理する小説」というのが実際にどういったものかは、秋山自身、よく分かりませんが、いわゆる殺人事件があって、名探偵がこれを論理的に推理して解決するというものでしょうか。
 ところが実際に書店の推理小説コーナに足を向けると、そこにあるのは上記のような小説ばかりではありません。ハード・ボイルド、サスペンス、奇妙な味、社会派、警察小説、メタミステリ、アンチミステリ、日常の謎などもあります。たとえばハード・ボイルドや警察小説においては推理ではなく捜査で犯人が追い詰められますし、奇妙な味やアンチミステリにおいては解決が放り投げだされることがあります。しかし推理や解決がないからと言って、これらが疎外されてしまうのには違和感を禁じえません。
 そもそも推理小説幻想文学から派生したことを考えると、重視されるべくは推理や解決ではなく謎であるように思います。
 秋山が推理小説ではなくミステリという表現を好んで使うのは、ミステリという言葉が推理小説だけでなくハード・ボイルドやアンチミステリをも含んでいるからではないかと考えているからです。また、推理小説と小説だけに限定してしまうと漫画やゲームを無視することにもなりますしね*1

*1:ミステリーという表現を使わないのはミステリー・サークルなどのミステリーや神秘劇との混同を避けるためです。