雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

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HEART IN SPADE

 歴戦を越え、今や熟達した騎士となったヴィーヤは、戦場で敵と剣を交えながら冷静に計算をしていた。自分の体力、味方の総数、敵の総数、剣の強度、残された命運。敵をひとり斬り伏せるたび、敵の攻撃をひとつ避けるたび、数値は変動し、ヴィーヤに残された時間は減っていった。刻一刻と少なくなってゆくその数が、零を刻んだとき、彼はこの戦場で散ることになるだろう。また、この戦場から離脱するのにもそれなりの体力や運は要される。
――後、五合が限界か。
 騎士剣シュタットレイスを構え、ヴィーヤは引き際を決めた。祖国には彼を想い、待っている人がいる、彼女と再会するためにも……ッッ!
 次の標的を求めていたヴィーヤは、目を見開き重い騎士剣を持ち上げた。突然な、そして無理な動きに、腕の筋肉が引き絞られる。さらにヴィーヤの首元を狙い放たれた銃弾が、騎士剣の中心部に命中し、その衝撃のすべてが彼の腕を襲い、幾筋かの筋肉が引き千切れた。騎士剣もまた砕け散った。根元に彫られたハート型の紋様は完全に消え、血と脂にまみれた切っ先が地面に落ちた。
 ヴィーヤは騎士剣を捨て、足元の死体が持っていた剣を奪うと、それを銃士に向けて投げた。投じられた剣は一直線に銃士の胸に吸い込まれ、敵を押し倒すと共に地面に串刺しにした。ヴィーヤはさらに足元の死体から剣を奪う。その剣には何の紋様も装飾もない、ただの無骨な剣であった。
 剣は持ち主の心を映す鏡。
 愛の刻まれた騎士剣を失ったヴィーヤは、戦場において戦鬼の如く闘いつづけるただの獣となった。一陣の風が吹き抜ける。戦場を支配し、勝利の女神を微笑ませる鬼神が征く。


『ラムール・ダン・ル・クルール』686文字