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墨攻

墨攻 (新潮文庫)

墨攻 (新潮文庫)

『回廊』第二号にて基線さんが書評を書き、また町田ブックオフをふたりでぶらついていたときに「これ本当に面白いですから」と手渡された一冊。確かに面白かった。一冊の小説としてこれは実に素晴らしかった。『回廊』で基線さんが言っていたことの繰り返しになるが、本書はたったの170ページしかない、しかもそのうちの40ページは後書・解説・挿絵などで本編は130ページ前後しかない。これは中編程度の長さで、一冊の文庫本にして売り出してしまおうという思考は、通常、生まれえない。しかし現にこれは、これだけで文庫本が作られており、定価362円で売られているのは、これが通常や普通といった概念で括れないから。つまりこれは極上の小説なのだ。この小説には、小説に必要な全てが詰まっている。これ以上、減らすことも増やすこともできない、完全に過不足ゼロの一冊なのだ。
 著者は『後宮小説』で第一回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した酒見賢一。これを生涯で読んだ最高の小説として挙げる人も少なくなく、実力は充分だろう。本書はその酒見賢一が中国の戦国時代を描いたものである。主人公は非攻の哲学と呼ばれる墨子教団の俊英、革離。防衛のプロフェッショナルで、戦争を作業的に捉える彼は、極めて論理的に人心を得、極めて効率的に城を堅強なものへとしていく。二万の敵勢が攻め入る中、革離はいかに数千の手勢で城を守りきるのか――。主題となるのは、言うまでもなく勝負の行方だろう。最終的に勝利するのは革離と数千の兵(女子供を含む)なのか、それともやはり城抜きの名人が率いる趙の二万の軍勢なのか。最初から背水の陣を引いて戦う革離の決意や苦しみも興味深いどころだ。また墨子の兼愛や非攻という概念も面白く解説されており、それらに対して革離が少なからず疑いを抱いている点も面白い。
 とにかく本書は小説として素晴らしい。薄いし安いし、オススメの一冊である。