雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

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リプレイ

 例えば『十角館の殺人』を上梓して、綾辻以前・綾辻以後という言葉を作らせた綾辻行人のように、何かを越えてしまった作品は、歴史に楔のようなものを打ちつけるのではないだろうか。そこに来て本書『リプレイ』は凄まじい、これ以上はないというほどに深く、そして鮮やかに時間物、あるいはループ物と呼ばれるジャンルに楔を打ち込んでいる。

リプレイ (新潮文庫)

リプレイ (新潮文庫)

 本書の内容を紹介するのは実に容易い。冒頭で唐突に死んでしまった男性が気がついたら記憶を保ったまま二十五年前に戻っていたというものである。「人生をもう一度やり直せるなら」あまりに陳腐すぎるテーマであるが、それをここまで重厚に、精緻に、丁寧に紡いだ作品は、本書が初ではないだろうか。
 真に素晴らしいのはその筆力である。意外性のある構造も、予断を許さない展開も、確かに素晴らしいのだが、それらはそれなりに予想の範疇にある。時間物を得意とする作家を十人ほど集めたならば、何人かと被るかもしれない、そういう物語である。テーマは陳腐だし、物語運びもありきたりと言えなくもないだろう。けれど、それでいてなお本書が素晴らしいのは、ひとえに文章が巧みで真に迫っているからである。もう本当に読んでいて面白いのだ。続きが気になって仕方ない、だと言うのに勿体無くて一字一句読み逃す気になれないのだ。何度も人生を繰り返すという設定上、ひとつひとつの繰り返しが冗長あるいは味気のないものになるという危険性は無視できない。が、それを飛び越えてしまったのが本書なのである。テーマもプロットも誰にでも書けるものだが、それらを小説という現実的なかたちにできたのは、やはりこの筆者をおいて他にいないだろう。素晴らしい。
 さらに言えば、この誰にでも書けるといったテーマとプロットは、逆説的に、だからこそ難しいのだと言える。スパゲッティにおいて、ペペロンチーノは最も簡単で誰にでも作れるものだけれど、だからこそオリジナリティや完成度の要求値が高く、グルメを満足させるペペロンチーノはなかなかに作れないのだ。「人生をもう一度やり直せるなら」この誰でも考えるような空想に、物語というかたちといういれものを与え、幻想の域にまで昇華させたこと。それがまた素晴らしいのだ。
 歴史にその名を残す傑作。
 乾くるみ『リピート』を読む前に、参考程度に読むつもりだったが予想外に読み込ませられてしまった。