雲上四季〜謎ときどきボドゲ〜

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

ラノベから一般文芸に越境すること

 どうも一般文芸という言葉が誤解されているように思います。
 ざっくり言ってしまうと、一般文芸というのは出版社や書店で使われる言葉で、小説とほぼ同じ意味を持ちます。したがって、純文学も中間小説も大衆小説(=エンターテイメント)も一般文芸の内側にあります。もちろん、エンターテイメントに含まれるライトノベルも一般文芸の内側にあります。
 本という大きな枠組みがあって、そのなかに雑誌や漫画があるように一般文芸があるのです。


 ただ、そうでない使われ方がする場合もあります。
 それは一般文芸のなかで仕事をしている方が「一般文芸」という言葉を用いた場合です。つまり、出版社や書店の小説を扱っているところで「一般文芸」という言葉が使われる場合。ここではジャンル小説以外という意味で使われているように思います。ジャンル小説以外……と言うことは、すなわち特定のジャンルのお約束や文脈を遵守しなくとも、読むことが可能な小説という意味です。
 そういった作品は多くの場合、ミステリ棚・SF棚・ライトノベル棚といった棚にではなく、店に入ってすぐのところにある平台に積まれたり、男性作家棚や女性作家棚に並べられます。


「一般文芸」にカテゴライズされることは、作家にとっても作品にとっても幸福なこととは限りません
 確かに、特定のジャンルに収まっている限り、ひとつのパイを同じジャンルの作品と奪いあうという状態を常に強いられます。けれど、それは「一般文芸」も同じことなのです*1。むしろ「一般文芸」に出てしまうと、それまでのジャンルの庇護下から出てしまうので、そのジャンルに特化した作品を書いてきた*2作家にとっては厳しさが増してしまいます*3
 秋山が知る限り、ライトノベルから他のジャンルを経由せずに、直接、この高いハードルを越えることに成功したのは、2007年本屋大賞で5位に入った『図書館戦争』の有川浩だけです


 これは非常に素晴らしいことだと思います。
 特定のジャンル出身の作家が「一般文芸」に殴りこみをかけ、そこで成功する。
 日々、多くのジャンルの多くの作品が「一般文芸」に殴りこみをかけています。たとえばケータイ小説であるとか、ブログ本であるとか。もちろん「一般文芸」で名を挙げている作家だって、後からやってきた作家に負けないように必死です。
 2006年に『容疑者Xの献身』で5冠を達成した東野圭吾はミステリ出身ですが、『白夜行』のドラマ化と『手紙』の映画化と支援を受けつつ、今年は文庫化を含めて4冊も新刊を出しています*4
 で、そういう厳しい「一般文芸」という空間のなかで、有川浩が注目を浴びることができた。すごいことじゃないですか


 とは言え、その一方でライトノベル出身の作家の多くが「一般文芸」において惨敗しているのも、また事実です
 実際、書店に足を運んでみると、かつてライトノベル棚で見知った顔は、男性作家棚や女性作家棚でひっそりと息を潜めていたり、ライトノベルに詳しい書店員の手によって、ライトノベル棚に並べてられています*5


 ところでそんな状況のなか、現在、秋山が興味深く思っているのはStyle-Fの存在です。
 特に田代裕彦『赤石沢教室の実験』なんですけれど、この本、ミステリ棚に並べられているのですよね。つまり、ハードカバーで出したにも関わらず「一般文芸」への進出が図れていない訳なんですが、これは逆に興味深いかな、と。つまり、今までの電撃がハードカバーで出してきた作品は、男性作家棚や女性作家棚以外に埋もれさせるしかないようなものだったのですが、『赤石沢教室の実験』はミステリ棚で活躍できる可能性が残されています。
 もし、この本が『このミステリーがすごい!』などで注目を浴びれば、乙一が『GOTH』を経由して有名になったように、桜庭一樹が『少女には向かない職業』と『ブルースカイ』を経由して有名になったように、田代裕彦もまた「一般文芸」に華々しく登場することが可能なのではないかなあ、と。


 なんですけれども、実は『赤石沢教室の実験』未読なんですよ。
 あの『赤朽葉家の伝説』よりも長いと聞いて、ちょっと怖気づいています。読んだ方がいいですか??

追記

 改行を多くしたり、空行を入れてみたりして、読みやすさを向上させてみました。どうっすかねー?

追々記

 おおおお、やめておけば良かった。むしろ読みにくくなっている気がして仕方ありません。

*1:ただ、パイが大きいと言うだけで

*2:つまり、普遍的なテーマを扱えない、もしくはそれを表現できない。

*3:平台に積まれている本を手に取るのは、必ずしもそのジャンルに精通した読者とは限らないため。ツンデレというコードを知らない読者が、テンプレ化されたツンデレに萌えられるわけがないのです!

*4:ライトノベルでは珍しくない刊行頻度ですが、エンターテイメント作家の場合、年に2冊も出れば多い方です

*5:この現象を秋山は「都会で失敗し、実家に帰った本」と心のなかで表現しています。