雲上ブログ〜謎ときどきボドゲ〜

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書評サイトのアクセスの根底を支えうるもの

 結論、それは一覧性です。
 一覧性とは何か、どうやって作るのか、に関しては次の行から。

 blogというツールは旬の本の書評を読むには最適ですが、「この人は他にどんな本を書評しているんだろう」と思ったときにけっこう苦労します。本の名前で検索するというやり方もありますが、それは「その人の『この本』の書評が読みたい」という目的を持っている場合です。本館では過去にフジモリやアイヨシが書評した本の一覧が表示されていますが、その一覧を見ることで新たな本に出会う可能性もあります。

 リンク先では三軒茶屋のフジモリさんが、書評サイトと書評ブログの差異や、それぞれのメリットなどを述べられています。このエントリでは書評サイトであっても書評ブログであっても、一覧性こそがそのアクセスの根底を支えるのではないか? ということについて考えてみたいと思います。
 まずは一覧性についてから。リンク先でも述べられていますが、要は今までに書いた書評が一目で見ることのできるページのことです。具体的にどういったものであるかは、実際に見てもらうのが手っ取り早いでしょう。百聞は一見にしかず。どうぞ。

 三者三様の一覧性が作られています。フジモリさんのは更新順でしょうか。フジモリさんの小説に対する興味の変移というものは見受けられますが、純粋にフジモリさんが読んだ順に並んでいるので、特定の作家や本の感想を探しているひとにとってのユーザビリティは低いように思います。次の、葉月あきさんのは著者名順です。作品名までは一望できませんし、目的の感想に到達するまで2クリックしないといけないのでアクセシビリティは低いですが、タグを用いることで自動でページを生成しているので、管理人にとってのメリットは非常に高いです。最後のは秋山が以前、作っていた目次で今はもう更新していないのですが、こちらも葉月あきさんのと同じく著者名順です*1
 まあ、自分が最適だと感じたからこのような仕様になっているわけですが、やはり秋山としては、雲上四季時代の感想目次こそがもっとも優れた一覧性を持っているように思います。著者名順で、全作品が一望でき、作品の刊行年と★まで見ることができる。唯一*2の欠点は、ひたすら更新が面倒なことでしょうか。感想が増えれば増えるほど、ページが縦に長くなりますし、編集時の重さもうなぎのぼりです。結局、更新を停止してしまいましたが、このページからのアクセスは今でも少なからずあります*3
 それでは優れた一覧性を用意することで、どういうメリットがあるのか。大きく分けて、2つあります。

1:過去の記事に誘導できる。
2:管理人の傾向を表明できる。

 ひとつはもちろん、過去の記事に誘導できるということです。
 ブログはその性質上、更新すればするほどエントリが埋もれていってしまいます。一度、沈んでしまったら、もう誰かにリンクを張られるか、検索エンジンで引っかからない限り、誰にも見られなくなってしまうでしょう。それを管理人自らの手によって防ぐのが、一覧性です。過去の記事に誘導するリストを用意することによって、記事の延命を図ると表現したら分かりやすいでしょうか。
 もうひとつのメリットは管理人の傾向を表明できるということです。ここで、唐突に引用。

あとね、「他人の感想を読みたい」人なんて、いない。
「あの人は、どんな感想を抱いたのか、気になる」が正解です。
微妙に似ているけど、全く違う。
「見知らぬ誰かの日記を読みたい」と「隣に住んでいる美人のおねえさんの日記を読みたい」くらい違いがあります。
いつもお化粧して良い匂いを漂わせているお姉さんだからこそ、「何を感じているのか」が気になるのです。

 ここでid:iris6462さんの言っている「いつもお化粧して良い匂いを漂わせているお姉さん」を作りだすものこそ、一覧性ではないでしょうか。ライトノベルを山ほど読んで、読んでいることをうまく表明できたときに、管理人は「ライトノベルをいっぱい読んでいるひと」というアイデンティティを獲得するように思います。もちろん、管理人本人の人間性や感想の質というのも関係してくるでしょうが、一覧性が充実しているひと、つまり本をいっぱい読んでいて、博識そうなひとというのは、書評サイトにおいてそれだけちからを持ちうるでしょう。
 これに付随して、少し前の話ですが、id:ama2さんの書いた感想サイトが流行らない理由に対して興味深い反論がありました。

期間:最低半年、100冊は続けよ
まず、書評している期間。書評blogとして認知されるには、1ヶ月ではとても足りない。blogは典型的な「そろそろ本気で継続力をモノにする!」によれば典型的な「ためる系」で、そしてためる期間は「クチコミの技術」などによれば「最低3ヶ月」とあるが、書評blogに関してはこれはさらに厳しくて、「毎日書いて最低6ヶ月」というのが実感。少なくとも100冊は書評しておかないと、書評blogとして認知されるのは難しいと思う。

 この後、多くのひとがそれぞれのブログやブクマで100冊という数字に対して同意していたのですが、秋山としては「どうして100冊なのかな?」と疑問だったのです。何故なら、100冊分の感想があろうが、1000冊分の感想があろうが、ブログのトップに表示できるのは5冊分前後でしょうから、何冊あっても関係ないように思ったからです。もちろん、毎日更新することによって固定ユーザを獲得することは出来るかもしれませんが、だとしたら1冊の本を何日にも渡って取り上げればいいまでです。
 で、フジモリさんの一覧性という言葉を見たときに「あ、もしかして100冊というのは、一覧性に必要な最低限の冊数なのかも」と思い至りました。つまり100冊という数字が、そのひとの読書傾向を表現しうる最低のラインではないのか気づいたわけです。それなら納得できるどころか、非常に強い説得力まで感じます。バラバラのジャンルだったら話は違ってきますが、たとえば特定のジャンルで100冊読んでいるひとならば、そのジャンルに対する知識もそれなりに持っているでしょうから、その意見を参考するに値するように思います。もしくは参考まではいかなくとも、とりあえずアンテナに入れて様子見するぐらいはされるかもしれませんね。
 とは言え、やはりここで重要になってくるのは100冊読んだということを表明することでしょう。そのブログに初めて訪れたひとは、管理人が今までに読んだ本が100冊なのか1000冊なのか、それとも10冊しか読んでいないのか分かりません。たとえ1000冊読んでいたとしても、それを一覧性もしくはそれに類するかたちで、かつ分かりやすく伝えない限り10冊しか読んでいないのと同じなのです


 さて、一覧性がどういったものか、その重要性の説明はこれぐらいにしておいて、ではどうやって作るか。
 これに関しては、投げるようで申し訳ないですが、もうひとそれぞれとしか言いようがないですね。別個にページを作るか、サイドバーに埋め込むか、著者名順か題名順か、もしくはジャンル別か。無数の選択肢があります。
 秋山個人としては、やはり前述のように個別ページを作り、著者名順に一望できるリストこそがもっとも利便性が高いように感じます。けれど、これは手作業となるので、ただひたすらに面倒です。しかし、PHPMySQLが使えるひとにとっては話は別で、WordPressという選択肢があります。これを使えば著者名順であろうが題名順であろうが、自由自在です。詳細は少年少女科学倶楽部 - WordPressでMy図書館&Myポータルに分かりやすくまとめられています。
 サイドバーを使う場合は、以下のブログが参考になると思います。

 特に優れているのは、id:hobo_kingさんのですね! ここのサイドバーの充実っぷりは本当にすごいです。カテゴリの使い分けも非常に凝っていますし、レーベル別ページまで用意しているという完璧っぷりです。惚れます。ライトノベル名言図書館さんの、文字通り埋め込んでしまう形式もシステマティックですし、booklines.netさんの分かりやすさを重視したレイアウトも良いと思います。


 最後に。
 どうして一覧性が、書評サイトのアクセスの根底を支えうるものになりえるのか。
 今までに書いてきた感想の一覧を持たないサイトは、いつも最新の更新分でしか勝負することができません。したがって、更新が止まってしまったら、もうそこまでです。
 けれど、感想一覧を持つサイトは、最新の更新分の他に、今までの感想でも勝負することができます。必然的に、感想が溜まれば溜まるほどアクセスが期待できるようになります。

 アクセスが伸び悩んでいる書評サイト管理人は、感想一覧のページを用意したり、サイドバーを充実させることで、一覧性を高めてみてはいかがでしょうか?


 関連エントリ:
書評サイトでアクセスをかんたんに稼ぐ方法

*1:作品も基本は刊行順ですが、ものによってはシリーズ順に並び替えています。

*2:にして最大

*3:具体的には月に100回ほど……と表現すると分かりづらいですが、多分、この数字はユニークアクセスなので、4人の同じひとが25日間使い続けてくれたか、100人の違うひとが同じ日に使ったかみたいな感じです。