雲上四季〜謎ときどきボドゲ〜

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

火曜日に舞い踊る雷鳴の踊り子

■そうだね、連休明けはやる気が出ないね。仕事にも身が入らないのも分かる。けれど、出社して会社にいるだけで仕事したと言ってはいけないよ。それは、誰も救っていないからだ。
■まあ、そういう俗世の諸々は掃いて捨てておきましょう。
■ここは雲上ですからね。
西尾維新悲鳴伝読了。なんだか感慨深い1冊でした。まず、最初に明言しておくと秋山は西尾維新が大好きです。『クビキリサイクル』を読んだときは、その前衛的なケレン味に辟易し「へっ、こんなの、たいしたことないぜ」って言いながら、翌日には『クビシメロマンチスト』と『クビツリハイスクール』を買っていて、翌々日には「『サイコロジカル』まだー」とか言っていたくらいです。まあ、そういう思い出話は置いておいて、最近の西尾維新で「いいなあ」と思ったのは、やはり『少女不十分』ですね。展開それ自体は、迂遠かつ冗長で、いかにも最近の西尾維新らしく、キャラクタとキャラクタの延々と詮無い対話が続き、最後にちょっとした驚きがあるという、ただ、それだけの小説でした。けれど、その、最後のちょっとした驚きというのが、まさに、ちょっとした驚きだったのです。西尾維新は十年間、小説家をやっていなければ『少女不十分』は書けなかったみたいなことを言っていましたが、十年間、本読みをやっていなければ『少女不十分』に感動することも出来なかったでしょう。うん『少女不十分』は十二分に良い小説でした。
■さて。
■『悲鳴伝』を読み始めて思ったのは、ああ、荒木飛呂彦東北関東大震災を受けて、新たなるジョジョを書き始めたように、西尾維新は『悲鳴伝』を書いたのかということでした。けれど、読み進めるにつれ『悲鳴伝』と、あの地震津波を関連付けることは、牽強付会であるような気がして、これは、どちらかと言うと零崎シリーズの続編であるような思いを抱くようになりました。その思いが、しっかりとした輪郭を結ぶのは、第5話を半分ほど読み終えたときでした。もう少し抽象的に言うと、半分ほど読み終えたときでした。それまでも小さいところや、片鱗において、もしくは、ざっくり言うと全体的に曖昧なところで「ああ、これは良い西尾維新だ」と思うことはあったのですが、それは、あくまでも面白いエンターテイメントを読んでいるときに感じるそれで、断片的なものでした。輪郭とびしっとなったのは、あの第5話の印象的なシーンでしょう。当初、秋山は、何が起こったのか理解できませんでした。「えっ、うそ、ほんとうに……?」という思いでいっぱいでした。さて、そろそろネタバレ反転しましょうか。
1ページ読んで、2ページ読んで、ほんとうに在存ちゃんが生き返らないのを知って、思わず喝采をあげました。だって、これ、久々の容赦の欠片もない萌えキャラ殺しこと西尾維新ですよ! 往年の戯言シリーズを思い返す、驚きの展開です。ひゃっほーう! と叫びながら読み進め、そして、在存ちゃんのことを思い返す、そらからくんや、剣藤さんのことを、なんだか懐かしい友人を見るような目で見てしまいました。
ただ、そこがピークだったような気がしないでもないです。ありきたりな突っ込みですが、結局、対地球という観点では、まったく物語は終わっていませんし、せめて「大いなる悲鳴」を前に、為す術もなく死んでしまい、最後の最後の瞬間に、ちょっと人間的になる、あるいはならないそらからくんを見たかったです。結論、読んでいる間は最高に楽しかったけれど、結末が今ひとつで、どうにも心に残るタイプのエンターテイメントではない。
■ふむ。久々に長めの感想ですね。強い小説は、ひとを強く揺さぶり、その口から言葉を吐き出させる。ネタバレ反転の中で、結論を述べましたが、いわゆるツンデレかもしれませんね。まったく。

悲鳴伝 (講談社ノベルス)

悲鳴伝 (講談社ノベルス)