飯田一史『ベストセラー・ライトノベルのしくみ キャラクター小説の戦争戦略』という素晴らしい本を読んだので、紹介したいと思います。
記事のタイトルにある通り、編集者として、営業として、書店員として、そして小説家としてライトノベル……に限らず、出版業界全体が気になっているひとに、等しく勧めたい良書でした。
ベストセラー・ライトノベルのしくみ キャラクター小説の競争戦略
- 作者: 飯田一史
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 2012/04/10
- メディア: 単行本
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読んだきっかけ
先日、ある飲み会で id:shaka さんと id:tsuruba さんの間に座ったのですが、ちょうど「最近、読んだ良書」の話をされていました。そのときに shaka さんが仰られていたのが、はてなで感想も書いていた飯田一史『ベストセラー・ライトノベルのしくみ』でした。これに対し tsuruba さんも「2000円で、このレベルの内容が読めるのは安い」と返されていて「へえ、この、ふたりが同じ本を褒めるのって珍しいなあー」と思った次第。
帰宅後、 Amazon でポチって、1週間くらい時間を掛けて読んでいたのですが、先ほど読み終えたので、ちょっと書いてみようかな、と。
どういう本なのか
まず、最初に声高に主張しておきたいのですが。
この本はタイトルで損をしているような気がしてなりません。
『ベストセラー・ライトノベルのしくみ』というタイトルで、表紙には可愛らしい女の子のイラストが書かれています。パッと見には、正直、なんの本なのか分かりません。評論家の方が自説にかこつけて、ライトノベルを引用しているのか、ライトノベル作家志望者に向けて書かれたハゥトゥ本なのか。パラパラめくって見ても字が多く、かたくるしい感じです。
実際、自分も、そう思いました。
「こりゃ、失敗したかなー」と思いながら、でも2000円も出したので、せっかくなので「はじめに」だけ読みました。
そして、5分後に Twitter に post したのが以下です。
飯田一史『ベストセラー・ライトノベルのしくみ』を読み始めた。これ、今年に入って読む本で五本の指に入る面白さ。
どういう本なのか(今度こそ!)
本書は、
・元ライトノベル編集者で、現ライターの飯田一史が!
・Amazon のランキングで1位になったライトノベルだけを読み続け!
・ベストセラー作品に見られる共通点や工夫を解き明かし!
・さらに、市場の状況や、業界の体制について説明している本!
です。
どういう本なのか(もう少し詳細に)
本書では「ライトノベル市場って、そもそも、どんな市場なの?」という経済的な視点から「年間300億円のライトノベル市場」を「月に10冊以上買うヘビーユーザーが10万人いて、月に1冊買うライトユーザーが300万人いて、彼らが年に5000万冊のライトノベルを買っている」と定義した上で、市場環境分析を行い、顧客のニーズ=購買決定要因および、事業の成功要因を導き出していきます。
第1部では、この分析の結果が明かされます。読み手のニーズがどこにあり、何を書いて、何を直し、どう売ればいいのか結論が提示されます。
第2部と第3部では、実際に Amazon で1位になった人気シリーズを取り上げつつ、共通点を示したり、そこで凝らしている工夫をクリアにしたり……ベストセラーだった人気シリーズが、どうして途中から失速してしまったのか、逆に同じネタを採用したフォロワーがいっぱいいるにも関わらず、どうしてトップを維持できているのかが説明されます。
第4部では、もう少し広い視点で、年代の推移により顧客ニーズがどう変化したかとか、出版社が、いかにしてライトノベルビジネスを展開しているかが説明されます。
以上が本書の主な内容となります。
ここまで読んで頂ければ、だいたい分かると思いますが、今までライトノベル関連本として挙げられることの多かった新城カズマ『ライトノベル「超」入門』、東浩紀『動物化するポストモダン』『ゲーム的リアリズムの誕生』、前島賢『セカイ系とは何か ポスト・エヴァのオタク史』や、大塚英志『キャラクター小説の作り方』、冲方丁『冲方丁のライトノベルの書き方講座』とは全然、違います。
本書を読んでも物語が作れるようになったり、小説を書けるようになったりはしませんし、ライトノベルの歴史や系譜も紐解けません。一部に熱狂的ファンを抱えるコアな小説を深く掘り下げているわけでもないし、作品に込められた真意や真相を解き明かしているわけでもありません。
本書で取り扱われているのは、あくまで「ベストセラー」に限られています。
ベストセラー作家となった小説家が、どういう要素を自分の小説に盛り込み、それを編集者や営業がどのように展開させて、それが何故、市場において受け入れられ、広がっていったのか。そういうことについて書かれた本です。
ここまでで、だいたい目的を達成してしまったよ
この記事において、説明すべきことは、上記で、ほぼすべてです。
興味を抱かれたひとは、速やかにポチって、じっくり読み込んでもらえばいいと思いますし、そうでもないひとは、このまま読み進めて「あー、悪くない記事だったなー」と思ってもらえれば幸いです。
と言うわけで、ここから先は、蛇足となりますが、自分が「面白いな〜」と感じた箇所を、いくつかピンポイントで紹介したいと思います。
グッとくる「良いツンデレ」について
ファンタジー世界に生きる「貴族」にして学園でもっとも魔法が使えない魔法使いであるルイズは、その後に量産され「テンプレ化」された(テンプレート、つまり「型」がつくられた)、ダメな「ツンデレ」とは一線を画している。「べ、別にあんたのことなんか好きじゃないんだからねっ!」とか言わせればツンデレいっちょあがり、ではない。グッとくる「良いツンデレ」と、「テンプレ乙」と言いたくなる「ダメなツンデレ」がある。この章ではそれを解説する。
これはラブコメにおいて、人気の高い「ツンデレ」について語っているくだりなのですが、この後で悪いツンデレとしてハルヒが、良いツンデレとしてルイズが挙げられていました。
『ゼロの使い魔』は未読なので語りえませんが*1、なるほど確かに『涼宮ハルヒの憂鬱』のヒロインであるはずのハルヒのツンデレっぷりはテンプレ的です。統計をとったわけではないですが、身の回りでもハルヒ派より、長門派の方が多い印象です。
本書では、両者のツンデレが、どう異なっているのか、丁寧に説明されているのですが、わりと納得しました。『ゼロの使い魔』面白そうですね! 読んでみたい。
- 作者: ヤマグチノボル,兎塚エイジ
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
- 発売日: 2004/06
- メディア: 文庫
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シリーズ物としての停滞性について
『レギオス』は『IS』に続いて、批判めいたことを書くこととなってしまったが、そうした部分を差し引いても、ふたつの作品はすぐれた商品であり、参考にすべき点は多い。
ただ、シリーズの序盤では強みでもあったものが途中からそうではなくなってしまう、あるいは、途中で投入した要素がむしろ読者からするとマイナスなものとして機能してしまう、というシリーズ運営上の困難の一例として、それぞれ触れておきたかった。
『鋼殻のレギオス』と『IS〈インフィニット・ストラトス〉』はどちらも未読なので、やはり語りえませんが、なるほど確かに一時期は周囲に読んでいるひとが多かったですが、やがて少しずつ離れていったのか、以前ほど話題に挙がらなくなったような気がします。刊行ペースも落ちている、のかな?
Amazon で1位になった本だけを読む、という方法を取ったが故に、こういうシリーズとしての隆盛と凋落みたいなところまで話が及んでいるのが、本書の良いところかなと思います。
- 作者: 雨木シュウスケ,深遊
- 出版社/メーカー: 富士見書房
- 発売日: 2006/03
- メディア: 文庫
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ライトノベル作家志望が注意すべき点について
Q.ライトノベル作家志望です。売れてる作品をマネしても仕方ないんじゃないですか? 僕が書き終わるころには流行りが終わっているかもしれないじゃないですか。
A.まったく通りだと想います。売れている作品の「表層」をマネしてもダメでしょうね。その作品がどうして売れているのかを、読者のニーズや消費のスタイル、サイクルにまでさかのぼって考える必要があります。(中略)いまなら「魔王勇者」ものでしょうか。その種の作品はたくさん刊行されましたが、おそらく Amazon で一位になった作品はひとつもありません。
ここは痛快でしたね。
なるほど第2部を読めば売れるラブコメが書けるような気になりますし、第3部を読めば売れるバトルが書けるような気になります。しかし、ここで語られる「安易な二番煎じよくない!」は、それに対する布石として良く効いていますし、至極正論でもあります。だいたい『まおゆう魔王勇者』を読んで、魔王と勇者が登場する作品を書いて応募するのは、安易を通り越して、単なる無策の領域……。
まおゆう魔王勇者 (1) 「この我のものとなれ、勇者よ」「断る!」
- 作者: 橙乃ままれ,toi8
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/エンターブレイン
- 発売日: 2010/12/29
- メディア: 単行本
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おわりに
とにかく面白い本でした。
最初に「ライトノベル……に限らず、出版業界全体が気になっているひとに、等しく勧めたい」と書きましたが、本書は、分析している本なので、同じような手法がライトノベル以外にも適用できるように感じました*2。
また、この本は小説家志望よりも、編集者志望にこそ読んでもらいたいなとも感じました。秋山は同人というフィールドで編集らしきことをずっとやっていますが、小説を書くひとは、あまり深いことは考えず、そのひとが面白いと信じるただひとつの物語を、全力で書ききってもらうのがいちばんだと思っています。編集者っていうのは、小説家の側にいて、ヒントを求められたら、ちょっと市場の動向を口にすればいいんじゃないかしら。まあ、そういう意味でも、本書は素晴らしい読書体験をもたらしてくれました。
細かいところでは、業界の裏話や、リアルな数字、出版社*3の戦略が、わりと明らかにされているのも、ビジネス的もしくはマーケティング的な観点から面白く読めました。
と言うわけで、面白い本でした*4。
次は三木一馬との対談本か、インタビュー本を企画してくれないかな……。