雲上四季〜謎ときどきボドゲ〜

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文学読みの視座から『パラサイト 半地下の家族』を語る(ネタバレあり)

 第72回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールの受賞を果たし、第92回アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の4部門を受賞した韓国映画『パラサイト 半地下の家族』を観ました。
 特に、後半の展開が賛否両論を呼んでいると聞いていましたが、まったくそう感じなかったので、少しネタバレありで書いてみます。

パラサイト 半地下の家族(字幕版)

パラサイト 半地下の家族(字幕版)

  • 発売日: 2020/05/29
  • メディア: Prime Video

文学について

 まず、タイトルに入れた文学読みの視点からについて説明させてください。
 いきなりで何ですけれど、秋山は、文学読みを自称できるほど文学を読んでいません。
 ですが、一時期、国語の教科書に登場する小説家はひととおり読もうと努力しましたし、芥川賞の受賞作と候補作は、すべて読破しようと努力しました。結局、ほとんど読めませんでしたが……。


 というわけで、聞きかじりも含むのですが、そもそも文学とは、から始めましょう。
 おそらく、本読みもしくは文学読みではない方にとって、文学というのは、小難しい小説のことで、小説家としては夏目漱石や森鴎外、芥川龍之介などの名前が挙がるのではないでしょうか。
 二葉亭四迷の『浮雲』から現代に至るまで、文学に類される作品を俯瞰したとき、秋山の脳裏に思い浮かぶのは世相の反映という言葉です。
 たとえば戦後の復興、地域格差、バブル、セックス&バイオレンス、少子高齢化、人権……時代ごとに様々な社会問題や、それを反映した悩みや課題がありました。文学の系譜を追っていくと、その時代時代で、その時間に生きた人々の等身大の悩みが浮き彫りになっていきます
 従って文学を読む、ということは即ち、世の中の流れを読むことに相当するのではと解釈します。

『パラサイト』を俯瞰する

『パラサイト 半地下の家族』は貧困を扱った作品だと読み取りました
 物語の前半においては、半地下に暮らす一家が、丘の上の高級住宅街に入り込むことに成功します。既存の運転手や家政婦を次々と追い出し、乗っ取ることを成功します。『パラサイト 半地下の家族』の原題は「寄生虫」という意味の韓国語だそうですが、まさに寄生虫としてパク家にかじりついたということでしょう。
 物語の後半においては、パク家に地下室が存在することが明かされ、もうひとつの寄生虫が現れると同時に、計画が崩壊し、惨劇が起こり、一家は離散することになります。


 結末は解釈が分かれるところでしょう。
 大成した息子ギウが、母チュンスクと共に、空き家を購入し、自由になった父ギテクと抱擁を交わす……という感動的なシーンが描かれた直後、場面は半地下に戻り、ギウが決意を固めるというシーンで終わります。
 秋山は、ギウが成功する未来は、訪れないのだなと感じました
 成功するか失敗するか分からない、視聴者の判断に委ねるエンディングと言えば、聞こえはいいですが、抱擁のシーンで終わらせずに、それを夢とした現在で終わらせたのは、成功する未来の否定に他ならないでしょう。
 ギウがどんなに強い覚悟を決め、必死に努力したとしても貧富の壁は分厚く、彼が成功することはないのだ。それが現在の韓国なのだ、という主張を感じ取りました

エンターテイメントではなく文学として受け取るということ

 文学はフィクションの皮を被った、ノンフィクション、ドキュメンタリーではないでしょうか。
 キム家は創作された存在でしょうが、現在の韓国には半地下や地下に暮らす家族が存在するのでしょう。あるいは存在しないのかもしれませんが、ポン・ジュノ監督は存在するものとして描き、寄生することでしか生き永らえることができず、寄生したとしても最後には自滅してしまう人々の愚かさ、浅はかさ、学のなさを描き、世に問いかけました
 この作品を文学として観たとき、韓国の現在の世相が反映されていると読み取ることができ、そのことを世に知らしめた作品として高く評価できると感じました。
 一方で、この作品を、エンターテイメントとして捉えると、パッとしない作品になることでしょう。一家によるパク家乗っ取り作戦で成功し、半地下から丘の上へと成り上がるわけでもなく、寄生しようとした一家は、手ひどいしっぺ返しを受け、半地下からさらに転落して地下に暮らすわけでもない(父ギテクだけは地下に落ちましたが)。どっちつかずの作品で、エンターテイメントを求めていた方には、もやもやが残ったことでしょう。

多様な視座から物事を見る、楽しむという考え方

 最後に、視座という言葉について。
 立場と言い換えてもいいかもしれません。
 たとえば、あなたが富裕層であれば、パク家に感情移入して、自らに寄生しようとしてくるキム家をうとましく感じるかもしれません。
 逆に、あなたはキム家に感情移入し、パク家を馬鹿な家族だとあざ笑い、自分だったらどう取り付いてやろうか考えるかもしれません。
 立場が変われば、物の見方や感じ方は大きく変わります
 物事を文学的に捉える、文学者としての視座、ひとつ意識しておくと良いかもしれません

終わりに

『パラサイト 半地下の家族』を評価したアカデミー賞に興味を覚えました。
 今までアメリカンな映画だけが受賞するものと思い込んでいましたが、そういうわけでもないのですね。他の受賞作も追ってみたくなりました。