雲上四季〜謎ときどきボドゲ〜

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

命を捧げる価値のあるものを問い掛ける『鋼の錬金術師』傑作でした(ネタバレあり)

 荒川弘の漫画作品『鋼の錬金術師』を読みました。
 前々から気になっていた作品で、ようやく機会を見つけられたので一気読みしました。
 特にネタバレは気にせず、ここが良かったあそこが良かったみたいな話をしますので、どちらかと言うとファンの方に読んでいただいて、共感いただけると良いかなと。

読み始める前、そして読み始めた直後

『鋼の錬金術師』という作品については、ほんとうに何も知らなくて。知っているのはアニメ版の主題歌がポルノグラフィティの『メリッサ』であることと、Twitterでときどき出てくる「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」の元ネタであることしか知りませんでした

メリッサ

メリッサ

  • 発売日: 2014/04/14
  • メディア: MP3 ダウンロード
 事前の予想としては──死んだ弟を愛した兄が、錬金術を使ってゴーレムとして蘇らせて、しかし彼らのいる国において錬金術は禁忌とされており、異端審問官に狙われているため、ひとつの場所に留まれず、物言わぬ弟と共に世界を旅し、訪れた先々で事件に巻き込まれ、正義の錬金術師として悪を裁く。そんな物語かなと思っていました


 ぜんぜん違いましたね!


 読み始めは、正直、苦痛でした
 少年漫画的と言うか、15歳という若さにして、国家錬金術師になるほど錬金術に秀でていながら、その身長を指摘されるたびに逆上される様子は、あまりにテンプレートと言うか、なんと言うか……。
 エドが「チビって言うなー!」と怒りをあらわにするたびに、読みつづけようとする意志がくじけそうになっていきました

陰謀渦巻く探り合いで引き締まる物語

 綴命の錬金術師ショウ・タッカーが退場し、気になっていた「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」を味わうことができ、いよいよ読むテンションが下がっていたところに、突然やってきたマース・ヒューズ中佐の死は刺さりましたね
 端的に言うなら、まさか死ぬとは……! です。
 ふと連想したのは『銀河英雄伝説』です。あの作品でも、まさかと思っていた人物が物語の序盤で退場し、驚いているうちに次々と命を落とすものが続いたので、ヒューズの死は、まるで注意を喚起する警報のように感じられました。
 これは、ただの少年漫画じゃないぞ? 少年漫画の皮を被った、その実、なにか恐ろしい何かだぞ? そんな本気……を感じました

銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)

銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)

 その後も、じわじわと真綿で首を絞められるように緊迫感が高まっていきましたが、やはりいちばんテンションが上がったのは、キング・ブラッドレイ対グリード戦でしょうか
 実力者ではあるでしょうが、エドの前では飄々とした素振りを装っており「国家のトップに立つ人物が、こういう好々爺キャラなの良いなあ」と思っていたのです。そんな彼がグリード戦においてはまさかの二刀流で、一騎当千の剣神がごとき強さを発揮して「かっけぇ! 軍部の上層部に、どれだけ反対勢力がいても、俺たちのキング・ブラッドレイがいる限り安泰だな!」と朗らかにページを繰ったものです。
 それがね。
 眼帯がね、吹き飛んで。
 その下の左目に、ホムンクルスの証があったとき。
 リアルに「ん?」って言いましたよ!
「え、どういうこと? なにかの間違い? 信じたくない!」みたいなね。
 しかし、その後、キング・ブラッドレイが、ラースという名のホムンクルスで、しかもホムンクルス達のなかで、いちばん強いわけではないと明かされるにつれ、絶望感が胸のなかに膨らんでいくのを感じました
 物語の傾向と言うか、構造という観点では『ファイナルファンタジータクティクス』にも近しいなと感じました。『FFT』も第1章時点では、主人公の個人的な物語なのが、第2章以降、いきなり国家単位の大きな物語になりますよね。
ファイナルファンタジータクティクス

ファイナルファンタジータクティクス

  • 発売日: 1997/06/20
  • メディア: Video Game

ヴァン・ホーエンハイムという父親像

 ほんとうに、心の底から良かったなとしみじみ思うのは、ヴァン・ホーエンハイムというエルリック兄弟の父親についてです
 物語冒頭において彼のことは、ほとんど語られず、物語中盤を過ぎて、姿を現したときは、もう完全に悪役顔で「ああ、彼が黒幕なのか」と思ったものです。その名前の由来は、パラケルススでしょうし、間違いないと。だって、ホーエンハイムという名前で悪役でないなんて、ありえないですよ。
 しかし、どうでしょう?
 蓋を開けてみたら、あんな理想的な父親っています?
 息子や妻、家族のことを深く愛していて、それどころかアメストリス国すべてのひとや、亡国クセルクセス王国にいた過去の人々のことまで想っているなんて……器が広すぎます。
 彼が味方であってほんとうに良かったと思いますし、エドやアルと和解してくれて、そして最後にはしっかりと理解しあうことができてほんとうに良かったです

ロイ・マスタングとリザ・ホークアイの関係性

 マスタング大佐の初登場シーンでは「女性に人気の高そうなキャラだな」としか思いませんでした
 その後も、概ねだらしないシーンが多く、諜報と言うか、スパイを通じて情報をやりとりするシーンも、なんだか映画的で、過剰だな、という感が否めませんでした。
 どちらかと言うとリザ・ホークアイやジャン・ハボックなど、彼の部下の方が人間味があって良いなと感じました。後は軍関係者で言うと、圧倒的にアレックス・ルイ・アームストロング。癒やしの塊ですね、彼は
 と言うわけで、物語の終盤に至るまで、マスタング大佐に関しては、今ひとつ距離感をつかみかねていたのですが、エンヴィー戦において、深く共感し、涙しました。と言うか、この記事のなかでは連続性がありますが、実際に読んでいるとき、マース・ヒューズの死は物語の序盤であったので忘れてしまっていたのです。彼の死を以って、この作品が引き締まり、急激に面白くなったにも関わらず。しかし、激昂したマスタング大佐を見て、ヒューズの死が思い返され、時間が巻き戻りました
……省略しますが、マスタング大佐に銃を突き付けたリザ・ホークアイの心中を思うと、心がざわめきますね。彼女は、ほんとうに優秀です。そして、その行く末を見守ったスカー……。

負の連鎖を象徴するスカーという男

 イシュヴァールの復讐者、傷の男スカー。
 初登場シーンにおいては序盤の中ボス程度にしか思いませんでした。それが、まさか、ここまで存在感を発揮し、作品のテーマのひとつを象徴する人物にまでなるとは、です
 彼もまた数奇な人生を辿りますね。
 ウィンリィ・ロックベルに銃口を向けられても、即座に敵対しなかったシーンや、最終盤においてマスタング大佐に問いを投げかけるシーンなどは特に震えました。
 ティム・マルコーやチャン・メイと出会うことができたのも、彼にとっては大きな幸いだったのかもしれません。

枚挙にいとまがない魅力的な脇役

 この調子で行くと、とにかく良かった脇役の、良かったシーン話が無限にできます
 ひっくり返せばそれだけ充実した作品だったというわけですが、そんなに無限に書いても仕方がないので、そろそろ、まとめていきましょう。

鋼の錬金術師を傑作たらしめる哲学

 錬金術の基本として作中でも度々、言及された等価交換という考え方
 そして真理の扉、及び通行料という考え方。
 これは、価値観を試されますね。
 なにか欲しいものがあったとして、それを獲得するまでにどこまでを対価として支払うことができるのか?
『鋼の錬金術師』は人間に憧れ、人間に取って代わろうとしたホムンクルスと、その人間の素晴らしさを説き、不屈を証明した人間の意地の張り合い、あるいはガチンコバトルと読み替えたとき、この物語には、それはもう数え切れないほどの人間の良いところがありました。そのひとつひとつが、脇役たちの名シーンを以って描かれていました。
 ちょっと出会うのが遅かったのがあれですが、いくらか若い時分に読んでいたら、きっと強い影響を受けて、人生の大事なことは全部『鋼の錬金術師』が教えてくれた。と、言っていたかもしれません

終わりに

 ラストバトル後のエピローグが駆け足でなく、比較的じっくりと書かれている点もあって安定感のある物語だと感じました。読み終えた直後は「今度は、アルを主人公としたシン国編が読みたいなと思いましたが、彼らのその後は原作最終話の、写真を見てそっと思いを馳せる、くらいがちょうどよいのでしょう。
 素晴らしい作品を読めたことに感謝、そして荒川弘の別作品にも興味が湧きました。
……と、Wikipediaを見て、初めて知りました。『銀の匙 Silver Spoon』って中勘助の小説のコミカライズだと思いこんでいましたが、まさかオリジナル……!?

銀の匙 Silver Spoon(1) (少年サンデーコミックス)

銀の匙 Silver Spoon(1) (少年サンデーコミックス)

  • 作者:荒川弘
  • 発売日: 2013/03/15
  • メディア: Kindle版