アトリエサード発行の雑誌『ナイトランド・クォータリーvol.24』を読みました。
ロバート・L・アスプリンによる「盗賊世界へのいざない」が読みたかったことがきっかけですが、多くの収穫がありました。
雑誌の概要
幻視者のためのホラー&ダーク・ファンタジー専門誌、ということでいわゆるホラーやファンタジーに特化したジャンル小説誌です。邦訳を中心に、書き下ろし短編やインタビュー、エッセイなどで形成されています。
今号の特集は「ノマド×トライブ~多世界における異質の再定義」ということで、トライブ(部族)とクラン(氏族)の在り方に焦点が当てられています。
ナイトランド・クォータリーvol.24 ノマド×トライブ〜多世界における異質の再定義
- 発売日: 2021/03/30
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
感想
ロバート・L・アスプリン「盗賊世界へのいざない」/訳:岡和田晃
シェアード・ワールドの代表格と言えば、日本では、やはりラブクラフトによる『クトゥルフ神話』でしょう。最近はTRPG『クトゥルフの呼び声』の流行を受けて、ファンを増やしていますが、個人的には栗本薫と小林泰三の印象がありますね。
日本オリジナルのシェアード・ワールドで、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界を舞台としたものですと『ロードス島戦記』『ソード・ワールド』『クリスタニア』を擁するフォーセリアが有名です。海外で中世ヨーロッパ風ファンタジーのシェアード・ワールドと言えば、その代表格は『盗賊世界』であるらしいです。
しかし、日本では、あまり知られていません。
それもそのはず、未訳であるからです……!
と言うわけで、ネット上にも、ほとんど記述がないのですが、堺三保さんの記事が分かりやすかったので紹介させてください。
『盗賊世界』の内容については、英語版Wikipediaが詳しいです。概要を掴むだけなら、Chromeブラウザで日本語に機械翻訳しつつ読めば充分かと。
前置きが長くなりました。
収録されていたのは「盗賊世界へのいざない」という、まさに『盗賊世界』という壮大な物語世界へのプロローグ的な位置づけで「これから物語が始まるぞー!」と気分を盛り上げたところで終わります。
従って、肩透かし感がすさまじいのですが、シェアード・ワールドの冒頭部分であるからこそ、作品の雰囲気や書かれるであろう内容が過不足なく想像することができ、1を読ませて10を想像させることに成功しているなと感じました。
少ない分量ながら、どのキャラクターも適度に立っていて、これからの活躍が窺えるんですね。うーん……読みたくなります!
いずれかの出版社から『盗賊世界』の全巻日本語化プロジェクトが開始されることを願ってやみません。
ロブ・ボイル&デイヴィッドソン・コール「融解」/訳:岡和田晃 ・ 監修/朱鷺田祐介
『盗賊世界』と対を成すように、こちらはファンタジーではなくSFのシェアード・ワールドとして、TRPG『エクリプス・フェイズ』の世界に端を発する小説作品。
人間の精神がデジタル化され、身体を取り替えられるようになった世界ということで、ちょっと『攻殻機動隊』や『マトリックス』を彷彿とさせますが、難易度は桁違いでした。
最近、こういうSFを読んでいなかったので、だいぶ本読みとしての自分のレベルが下がってしまったことを自覚します。もう、さっぱり内容が頭に入ってこず、初めてグレッグ・イーガンの『ディアスポラ』を読んだときのことを思い出しました。後、作品の雰囲気も何もかも、ぜんぜん違うのですが、どうしてか酉島伝法『皆勤の徒』を思い出しました。不遇な労働者であるということが共通点だからでしょうか。
- 作者:ロブ・ボイル
- 発売日: 2016/06/30
- メディア: 大型本
マリア・ハスキンズ「七種の焼き菓子」/訳:和爾桃子
とにかく文章が美しかったですね。作品世界の奥行きも感じられて、どう考えても絶望的な結末しか待ち受けていないのでは? と危惧しましたが、予想外に爽快感のある最後で……もっと読みたくなりました。
アンジェラ・レガ「シーシルク」/訳:徳岡正肇
好みの作品です。最初から薄っすらとした喪失感が漂っていて、淡いブルーを基調とした絵画に描かれるような港町を想像しながら読みました。
ウィリアム・ミークル「ロングドックの空」/訳:待兼音二郎
雰囲気がとても好きです。
冒頭にインスマスとありましたが、これと言ったクトゥルフ感もなく始まって「のどかでいい感じだなあ」と思っていました。中盤から一気に不穏な気配に塗り替えられていって、最後にはすっかり染まってしまい驚きました。微笑ましいんだか狂気的なんだか、よく分かりませんが、そのファジィさも含めて好ましく感じます。
篠田真由美「脆き者、汝の名は」
篠田真由美さんは、ほんとうに素晴らしい小説を書きますね。傑作ではないでしょうか。
町井登志夫「発熱外来」
新型コロナウィルスをストレートに扱った作品。コロナと、日本のムラ社会的な側面が融合したらこうなる、という時代を映す鏡のような作品ですね。
終わりに
随所に岡和田晃さんのコメントがあり、全体的に読みやすかったです。
気になっていた『エクリプス・フェイズ』の世界に触れられたり、マリア・ハスキンズとウィリアム・ミークルを知ることができたのは収穫でしたが、やっぱりもう少し『盗賊世界』を読みたかったですね。出版が待たれます。