雲上四季〜謎ときどきボドゲ〜

本と涙と謎解きと、愛しさと切なさとボードゲームと

東浩紀『動物化するポストモダン』 「第2章 データベース的動物」 2 物語消費

・『物語消費論』
 大塚英志著『物語消費論』の引用に終始している。要点をまとめる。
 第1点、同種の無数の商品を消費させることで、〈大きな物語〉に近づけると消費者に信じ込ませる。第2点、消費者はドラマの1話分を消費することで、〈大きな物語〉に近づいたと錯覚する。第3点、〈小さな物語〉を積み重ねて〈大きな物語〉を理解した消費者は、本来は〈偽物〉しか作れないはずなのに〈本物〉を作り出すことができる。
 これは「ビックリマンシール」を例に説明されている。第1点と第2点、ビックリマンシールを772枚集めたら、そこに秘められた〈大きな物語〉が分かる。〈大きな物語〉を理解した消費者は、773枚を作ることができ、それは〈本物〉とも〈偽物〉とも言えない。
・ツリー型世界からデータベース的世界へ
 大塚理論のまとめ。「小さな物語」とは作品世界に含まれる物語。「大きな物語」とは物語を支えるが表面には出ない「設定」や「世界観」。消費者が真に評価し買うのは、「小さな物語」ではなく「大きな物語」であるが、「大きな物語」は買うことができないので「小さな物語」を買っている。
 これは作家から消費者への構造が、ツリー・モデルからデータベース・モデルへと移行していることを意味する。ツリー・モデル=「リゾーム」に関しては、浅田彰『構造と力』を読むとよく、それに興味を持ったら氏の『存在論的、郵便的』がお勧めらしい。
 まとめ。近代の世界像がツリー型であるのに対し、ポストモダンの世界像はデータベース型。前者の深層には大きな物語があるが、後者の深層にはそれがない。「小さな物語」と「設定」の二層構造とは、見せかけと情報の二層構造。そしてオタクは、シミュラークルの宿る表層と、データベースが宿る深層とを明確に区別することができ、これを完璧に理解し二次創作を行うことができる。
 この章は興味深かった。アルファシステムの『ガンパレードマーチ』がどうしてあそこまで人気があるのか少し分かった。きっと自分は、自由なプレイ方法と面白い戦闘システムという「小さな物語」あるいは「見せかけ」にしか目が行ってなくて、その裏に存在する「大きな物語」あるいは「情報・世界観」まで手が届かなかったのだろう。
 また、川上稔の『都市シリーズ』も思い出した。学生時代は、自分はあのシリーズが好きな友人を2人とも持っていたが、うち1人は「作風は嫌いだが、世界観は好き」と言っていた。シリーズ最高難度を誇る(と、自分は思う)『風水街都香港』を、彼は4回も読み直し、2ちゃんの過去ログも読み尽くしたと言う。なるほど確かに、物語は消費されている。